ジギー・ポップは死んだ

もう死んだ人よ

べべのこと。

 

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 2022年9月16日、早朝。べべは車に轢かれて死んだ。その日は昼に憔悴した様子の母が自宅に帰ってきて「大事なお話がある」と言った。母の口から"大事なお話"という語が出る時は十中八九訃報である。叔父が死んだ時もそうだった。母と二人でワンワン泣いた。どうしてべべが。あのかわいくてお利口なべべが。車なんかに轢かれて死ななければいけなかったのか。べべのばか。何で車なんかに轢かれてしまうんだ。あんなに賢い子だったのに。

べべがこの世を去ってから、もう一年が経つ。まだべべの死が苦しく、つらいけれど、ここに記してみようと思う。

 

 べべは、野良猫だった。どこからともなく"しまちゃん"が連れてきた。

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しまちゃんは怪我をしているにゃんこで、おばばの家の玄関先に住み着いた。しまちゃんはおばばの飼い猫の宇宙太やヤミと違って、大人しくおばばの膝で毎日薬を塗られても嫌がる素振りを見せなかった。しまちゃんはオス猫であったが、ある日突然小さな小さな子猫を連れてきた。痩せていて汚い、べべっちい子猫だった。なのでわたしはこの汚い子猫をべべと呼ぶことにした。

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 べべは、おばばの家の玄関先で、しまちゃんのお腹の上で眠った。

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しまちゃんは時折り頭を上げて、べべがお腹の上で眠っていることを確認すると安心してまた自分も眠るのだという。母猫はどこへ行ってしまったのか。しかしシングルファーザーしまちゃんは、ある日忽然と姿を消してしまった。あと少しで怪我が治るといったところだったのに。ピタリと姿を見せなくなった。べべを置いて。まるでおばばと顔合わせをさせ、「ここならこの子を任せられる」と安心して置いて行ったかのように。それ以後、しまちゃんは一切姿を見せることはなかった。

 おばばには宇宙太とヤミという飼い猫がいる。とても神経質で臆病で、とても他の猫とは一緒に暮らせない。べべは玄関先の小さなカゴに入るのがお気に入りだったが、おばばはこの子はよその子、面倒は見切れない。とある朝まだ小さかった赤ちゃんべべを野良猫協会(とおばばは呼ぶがどこにそんな猫の集落があるのかわたしは知らない)に捨ててきた。しかし昼過ぎ、べべはおばばの家に帰ってきていた。子猫では到底帰って来れぬと思った道を潜り抜けて、べべはまたいつもの所定のカゴの中に入っていたという。

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べべは活発だった。網戸によじ登るその姿は「おうちのなかにいれて」と懇願しているかのようだった。それでも、おばばは「ダメダメ」と言い、仕方なしにべべを庭に住まわせていた。あんまりにもおてんばでどこにでもよじ登るので、おばばからは「エイリアン」だとか「猫と猿の合いの子やなかろうか」と言われていた。

 

 そうこうしているうちに、おばばは引っ越すことになった。小さな家を手放して。斜め向かいにある大きな空き家に引っ越すのだという。少し広い家になり、にゃんこたち(うちゅやみ)が過ごす部屋もできた。このタイミングでようやく、べべは3匹目のおばばの家の猫として迎え入れられた。

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(これがおばばの家の子になって間もない頃の写真。まだ少し身体が小さい)

べべはこの頃から非常に人懐っこい性格で、おばばのみならず、お客さん(おばばは自宅で商売をしている)に撫でられたり、構われたりすることが好きだった。

わたしは小さい頃から動物が苦手で、そばに寄るのも怖くて。うちゅやみが足元を走るのが嫌で、おばばの家ではいつも椅子の上に足を上げていた。しかしべべはわたしがぎこちなく、おそるおそる手を伸ばしても嫌がりもせず、素直に撫でられた。わたしは生まれて初めて猫に触った。それがべべだった。

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それからというもの、わたしはべべと急接近。もう恐れることはなく、べべに触れられるようになった。

 べべはいつも夜になると「あなたはお外のにゃんこなの」と外に追い出された。おばばはせっかちな性格で、べべと眠れるほどおおらかではなかった。二階のうちゅやみ部屋に入れるわけにもいかず、べべは毎晩外で眠っていた。

べべが家の中で眠れるのは、ねぇねぇがお泊まりに来た時だけである。わたしは二階の一室に布団を敷いてもらって、その部屋でべべといっしょに二度ほど眠ったことがある。

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これは私のおなかの上で丸まって眠るべべ。べべは時折り目を覚ましては、わたしの顔を覗き込みに来た。わたしはべべに子守唄を歌って寝かしつけた。朝方になるともふもふが首元にいた。べべはわたしにべったりとくっついて眠っていた。

 べべにメロメロだったわたし。うつ病で引きこもりがちだったけれどべべに会いたくて、おばばの家には出かけて行った。おばばの家を訪れると、おばばは冷蔵庫からカニカマを出してきた。カニカマを割いて、このようにして口元へ持っていくとべべは器用に、そしておいしそうにカニカマを食べた。べべはカニカマとパンが好きだった。

 わたしたちが食事を始めると、べべも食卓にやってきて食事に参加しようとしていた。

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これは食事中に膝の上になってきたべべである。わたしは左手でべべを撫でながら、右手では箸を持ちこの日は麺を啜っていた。

食事が終わると我々はコーヒーが入るまでしばしくつろぎタイムに入る。そこにもべべはやって来た。べべは、とにかくよく眠る猫だった。

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これは母の足の隙間で眠るべべ。よく人の足の隙間に収まっては眠っていた。

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これはわたしの胸の上で眠るべべ。その辺で寝ていたので抱き上げて胸の上に連れてきたら、満更でもなくそのまま眠り続けた。

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これは弟のケツの下に入り込み、弟に撫でられうっとりなべべ。べべはなでなでが大好きだった。特に、頭のてっぺんが好きで「ここをなでて!」と言わんばかりに、わたしの手のひらにぐいぐいと頭のてっぺんを押し付けて、なでなでをおねだりしていた。撫でるとべべはまた目を細めて喜び、そのうちにうとうとと眠りについてしまう。そんなべべがおかしくてわたしたちはクスクス笑いながら、添い寝した。

 

 これが、わたしたちが見た最後のべべの姿である。

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 あろうことか、わたしはこの日一枚もべべの写真を撮らなかった。これらは弟が撮影した写真である。まさかこの日がべべとの最後の日だったなんて、誰が思っただろう。

 その日もべべは眠るために外に出て、もう生きて戻らなかった。朝、近所のおばさまがおばばに「猫が轢かれて死んどるよ」と伝えにきた。この頃にはもう半野良猫になっていたうちゅやみのことが頭をよぎった祖母は——だってあんなに賢くてすばしっこいべべがまさか車に撥ねられるなんて誰も思わないだろう。おばばは「黒猫?!」と慌てて訊いた。「三毛猫やと思うけど」とおばさまは言った。この町内で三毛猫は、べべしかいなかった。

おばばはかけつけ、べべを抱き上げた。血がぼとぼとと落ちた。その身体にはまだぬくもりが残っていた。撥ねられてすぐだったのだ。

 

 夕方、わたしたちはべべの元へ行った。弟もわざわざ福岡市から帰ってきた。べべは玄関先でわたしたちを待っていた。傷ついた方を下に向けて寝かされているが、美人で綺麗だったべべの顔は左側が崩れていた。発見当初は目玉が飛び出ていたのを、おばばがぎゅっと中に収めたらしい。保冷剤で冷やされて待っていた身体を撫でた。残酷な程に冷たく、ガチガチに硬くなっていたがその手触りは、べべのやわらかい毛で間違いなかった。べーち、どうして。

母は「ありがとう、ありがとうね」と言ってべべを撫でた。弟も何を思っているのかわからなかったが、箱に納められたべべのことをじっと見ていた。のちに弟は「心に穴空いてる、悲しい🥺」とツイッターで語った。

 べべは、庭に埋めることになった。外ではべべを待つお友だちにゃんこの姿があり、余計に切なくなった。

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ほんとうはわたしも見届けたかったけれど、騒ぐと隣人がうるさいので、おばばとお向かいに住む野良猫保育園の園長先生(おばばに同じく、家の周辺に住み着く野良猫たちの世話をしているおじいさん)と二人でべべを運び出した。どさくさに紛れて弟だけ。それを最後まで見届けに行った。べべは庭の隅の花園に埋められた。先日、初盆を迎えたので手を合わせて。べべの墓参りをした。

 

 べべほど愛嬌があって、人に愛される猫は他にいないと思う。

最近はべべの亡霊が乗り移ったか、突然お尻トントン背中なでなでを要求してくるようになったヤミちゃんの相手をしたり、べべがいなくなったことで縄張りが広がり、おばばの家の庭にこれまた住み着いてしまったピースを撫でたりして仲良くしているけれど。それだけでは埋まらない何かがある。

またべべに会いたい。撫でたい。今でもべべのやわらかな感触を忘れることはできない。いっしょに眠りたい。こんなことなら、もっとお泊まりに行けばよかった。べべの生涯は、美人薄命。たったの1歳半ほどでその幕を閉じた。

甘えん坊でおばばが大好き。おばばの姿が見えなくなると気が狂ったように鳴いて、家の中も付いてまわった。おばばが二階のにゃんこ部屋に篭ってうちゅやみの世話をすると嫉妬して、拗ねて猫パンチをしたという。

べべにはボーイフレンドのゴロウがいて、サスケとも仲良しだった。ゴロウはいつもべべを家まで迎えに来た。

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しかし、べべはわたしたちがいると。わたしたちと遊んだりくつろいだり、甘える方が好きだったみたいで。たびたびゴロウに対して居留守をキメていた。そんなところもまたかわいかった。

 

 

 

 べーたん、大好きだよ。

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またいっしょにねんねしよう。またねぇねぇのお腹の上で眠ってほしいな。いまだにべーたんの後頭部の緩やかなカーブとやわらかな毛並みの感触が忘れられません。でも、日常はべべのいないものになってきています。べべが、べべのおうちにいた時の感覚はもう、思い出せません。べべはどんな風にあの家にいたんだろうか。

カニカマも。にぃにに譲らずいつもねぇねぇがべべにあげればよかった。たまにしか会いに来られないにぃにとも仲良くなって欲しくて、いつも譲っていたんだよね。

サスケがどこかにいっちゃったの。もうずうっと姿を見せてないから、心配だな。ゴロちゃんは元気にしているよ。宙タンとヤミちゃんも。いつもお母さんを心配させているけどマイペースに暮らしているみたい。

どうしてべーたんみたいな良い子が、痛い思いをしなきゃいけなかったんだろう。あのすばしっこくて賢いべべが車なんかに轢かれちゃったなんて信じられないし、いまだにまたどこかでふとべべがわたしたちの前に姿を表すんじゃないかと考えてしまいます。

一度、ねぇねぇはべーたんに会いに行こうとしたことがありました。でも無理だった。べーたんに守られたんでしょうか。でもわたしは会いたかったな。近いうちか、それともまだしばらく先かわからないけれど。では、また。また遊ぼうね。大好きだよ。

 

 

 

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べべ吸い、しとけばよかった。