ジギー・ポップは死んだ

もう死んだ人よ

ちょんまげの男

 わたしが今、保育の仕事をしているのはいとこのせいである。いとこがかわいすぎたせいだ。

わたしにはいとこが一人だけいる。5歳年下の男の子。子どもの頃はよく彼に世話を焼いては一緒に遊んで、そうこうしているうちに自分は小さな子どものことが好きなのだと自覚し始めた。わたしはそこから保育士になった。

 

 先日、叔母の家にやってきた。わたしと叔母に血縁関係はない。叔父は父の弟だがわたしが8歳の時に亡くなった。叔父のことも、いつかブログにしたためようと思う。わたしが30歳まで生きていたら。

叔母といとこはずっと山の上に住んでいた。父の実家が同じ山の上にあって、きっと叔父がその山を気に入っていたんだろうなと推測できる。それが、今になってとうとう「下山しました」というのだ。何も母校の隣に住まなくてもいいじゃないか!わたしと叔母は出身高校が同じである。あの忌々しいブラック校則高校。そのグランドの隣に叔母のマンションがあった。中はとても綺麗で片付いていた。前の団地に住んでいた時も、団地が古すぎて気づかなかったけど叔母は家をきれいにしていたんだな。

しかしこの家にいとこはいなかった。いとことは離れて暮らしているというのだ。今年21歳になるいとこは、叔母の実家で暮らしているという。叔母は実家にご立腹だった。いとこに「援助をしないで欲しい」と言うのだ。いとこはまともに仕事が続かない。色々な場所を転々としているようだ。その間、当然無職の機関が存在する。その間の生活の世話を実家が働くのだという。それはまだ許せる。いとこは車が好きで、免許が取れるようになってからすぐに車を乗り回すようになった。改造もしている。そのローンや資金まで、実家が無責任に援助するものだから、叔母は怒っているのだ。実家は年金生活。もし、そういった援助が突然できなくなった時にいとこはどうなるか。借金にまみれる。ここまでの話を叔母から聞いて、わたしの母は言った。

「それじゃあお父さんの二の舞やん」

そう、叔父は。いったい何に注ぎ込んで、どれだけの額があったか知らない。当時8歳だったわたしは心臓発作で死んだと聞いた。でも、ほんとうは違う。借金を苦に自殺したのだった。

いとこにもそうなって欲しくない。

いとこは3歳になる直前で父親を亡くしている、父がどのように生きていたかなんて見たことがないのに、どうしてこういうところだけが、怖いくらいに似てしまうのだろうか。

叔母の実家に居着いているのはいとこだけではない。叔母の弟も実家を出られず。仕事はしているが満足いく収入はなく、家にお金を入れてもいないらしい。もうほんとうにいい歳であるのに。わたしでさえもういい歳なんだから。叔母の弟はこじんまりとしたバーをやっている。すごく雰囲気はいいのだが、確かにいつも店が静かすぎる。いついっても、お客がいない。叔母はきちんとした稼げる仕事に就け、と弟に話すが実家が「それはストレスがかかる」といって介入してくるらしい。叔母からしたら、どんな仕事だってストレスはつきものだという。それは、そう。

 

 わたしはここでいとこにLINEを入れた。「わたしの新しいおうちにケーキを食べにこない?」と。

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この日はクリスマスイブだった。新しいおうちとして送った住所は叔母の家。いとこへの金銭的援助への問題でもう実家と一年以上連絡をとっていないという叔母、叔母の新しい住所を息子であるいとこは知らないのだという。いとこからはすぐに返事が来た。意外だった。叔母も驚いていた。「あんずにはすぐに返すんやね」と。今は友だちと一緒だから行けない。夕方なら行けるかもと言う。

この日の夕方はわたしたちは祖母(母方。なのでわたしといとこの祖母ではない)の家でクリスマスパーティをしているから、来るならそっちにおいでよと誘った。

 

 夜になっていとこから連絡が来た。もうすぐ祖母の家に着く、と。わたしはコートを着て祖母の家の近所の目印になるホームセンターの前でサンタの帽子をかぶって立って待っていた。いとこの車を見るのは初めて。インスタグラムに写真をあげていたから、車のナンバーは知っていた。だから、通ればわかるもんだと思っていた。しばらく通り過ぎる車のナンバーを確認しては、ああ違う、いとこじゃあない。ということを繰り返していたが、しばらくするとボンボンボン、という車内から漏れ出す音楽の重低音、そして眩しい光と共に一台の車が近づいてくる気配が(車はまだ湾曲した道の向こう側にいてこちらからは見えないのにライトが煌々と光っているために車が近づいているのがわかる、それも紫色のライトがビカビカと点いていた)した。中には彫りの深い若い男(いとこ)と知らない男の子が一人乗っていた。その後ろから、まるで暴走族のバイクかというくらいブンブンとうるさい轟音のするマフラーを搭載した車もついてきた。いとこは友人を二人連れてわたしの前に現れた。「30分顔を出したら帰る」といとこから言われていたが、友人を待たせるつもりでやってきたのか。

それにしても車から降りてきたいとこはまたパンチが強かった。いとこと最後に会ったのは二年前くらい、その頃は高校を卒業してすぐで、中身はヤンチャだったけど外見は普通だった。いとこは色を抜いて金髪にした髪を少しだけ伸ばし、襟足は下ろしているが他はちょんまげにして(ロン毛を結ぶというのはまるで叔母の弟みたいだ)いるという、ヘンテコでセンスを疑う髪型で現れた。しかし彫りが深く顔が濃くて整っているのでこれがイカしたヤンキー兄ちゃんに見えてしまうのだった。耳にもピアスが2つも3つも付いている。ああ、叔父もリヴァー・フェニックスに憧れていたかロン毛だった時期があったことを思い出す。

いとこは一旦友人を取り残して祖母の家に来た。祖母の家にはわたしの父母と、それから近所のおじさん(赤の他人なのに身内のような顔をして訪れる)がいて、みんなにいとこが友人を待たせているということを話したら「お友だちも呼びなさい」ということになり、ホームセンターに車を停めっぱなしにしておくのもアレなので、近くのコインパーキングに車を停めてきてもらうことにした。わたしはコインパーキングへ誘導するためにいとこの紫色の光を発する車に乗った。乗ったら、車の天井に窓がついていた。わたしは思い出した。叔父の車の天井もこんなふうに窓がついていて、そこから顔をひょっこり出したことを。わたしは話した「わたしはあなたのお父さんの車に乗ったことがあるけど、こんな風に上が空いてたよ」と「え?マジ?覚えとるん?」といとこはなんだかうれしそうに訊いてきた。

 雨が降っていたが、いとこは傘を持っていなかった。わたしがいとこに傘をさしてやったら、最初は入りたがらなかったけどしばらくすると「俺が持つよ」と言って傘を持って二人で並んで歩いた。そのスマートな優しさに、ああ、こいつは子どもじゃなくて大人の男になっちまったんだなぁ。といとこから香る香水の匂いを感じながら思った。

いとこは雨の中歩いているとふと、「お母さんもあんずのパパも知らない、ジジババ(叔母の実家)しか知らんのやけどさ」といってとある秘密を教えてくれた。悲しい知らせだったけど、その選択は間違っていないと思った。きっと親戚にこれを話したら悲しむし、叔母は激昂するだろうから誰にも言わないでわたしの胸にとどめておくことにした。なんでか、そんな重大な秘密を打ち明けてくれるくらいにはわたしのことを信頼しているみたいだし、その信用を失いたくないから。叔母とは「縁を切ったようなもん」とヘラヘラしながら言った。車の書類の関係で先週会ったって聞いたんだけどね。叔母から。

祖母の家では想定外(いとこの友人二人)の客人の量に机がぎゅうぎゅうだったがなんとか並んで座り、わたしはいとこの横に座った。わたしはいとこの横に居座りながら、はてわたしはどのような面持ちでここに座っていたらいいのかわからなかった。お姉ちゃんぶればいいのか?しかしわたしは実の弟がいながら家庭でも特にお姉ちゃんらしい振る舞いなんてしたことがなかった。いとこはたぶん、わたしのことをお姉ちゃんだと思ってこうしてLINEで一報入れればホイホイとついてやってくるくらい素直に慕ってくれているみたいだが。

若い男の子たちはほんとうによく食べる。もう食事は済ませてきてしまったというのに、たくさん食べた。わたしの祖母は次から次に肉やらフルーツやらお菓子やらをせわしなく出してくるが、いとこを含む若い男の子たちはそれに度肝を抜かれ、またきたよと笑いながらもなんだかんだ食べたりなんだりしていた。見ているこちらが体調が心配になるくらいたらふく食べていた。いとこはしきりに友人たちにわたしの弟の話をしていた。いとこは弟のことが大好きみたいだ。弟はイケメンで背も高くて(言うほど高くないがいとこは弟の身長が180cmあると思っているようだ)……クリスマスイブなのにいそいそとジムに出掛けていたこと(いとこが到着した時、ビデオ通話を弟と繋いだ)なんかを話していた。

晦日には弟も帰ってくるよ、大晦日、また祖母の家においでよ。と誘った。「暇だったらね」と言っていたことその友人たちは帰って行った。

 叔父の血は濃い。顔も叔父に似ているし、兄(わたしの父)と違ってヤンチャなところも似ているし。叔父が生きていたところを見ていたわけじゃないのに。どうして叔父を追いかけるようにしていとこは生きてしまうのか。心配は尽きないが。わたしの顔に「まつげがついてるよ」と言って指で優しく取ってくれた優しさに、ああ、すっかりお兄ちゃんになってしまって。と感心もするのであった。

いとこはいまでもかわいいいとこであった。